大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)2626号 判決

被告人 加藤高二

〔抄 録〕

所論は、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、自己所有にかかる伊東市八幡野字立土一、三三一番地の三三所在の山林七畝七歩の土地を、昭和四二年三月六日紺野武雄に売り渡し代金を受領しながら、同四三年四月ころ右山林を、擅に、古賀進に売り渡し、所有権移転登記をなし、もつてこれを横領したものである。」というにあるところ、原判決は、右は売買ではなく、紺野武雄が、同人の共同事業者から依頼を受け預かり保管中の出資金中金五〇万円を、被告人に貸付け、右債権を担保するため、被告人所有の本件山林につき売り渡し形式をとつたに過ぎないから、被告人が、これを他に売却処分しても、実質上の債権者たる前記共同事業者に対する背任行為として処断されることのあるは格別、紺野に対する横領罪は成立しない、として無罪の言渡をしたものである。しかしながら、関係証拠に照らすと、被告人は、紺野に対し本件山林を真実売却したことが明らかであり、したがつて、被告人に対しては横領罪が成立すべきすじ合いであるのに、これを否定した原判決には事実を誤認した違法があり、破棄を免かれない、というにある。

よつて、右所論に基づきまず原審記録を調査すると、本件山林については昭和四二年三月六日付で土地所有者被告人加藤高二から、紺野武雄に対し代金を二五〇万円とし、内金二〇〇万円は、被告人加藤が右山林に根抵当権を設定し伊東信用金庫から借用した金二〇〇万円の債務を紺野において肩代りすることとし、残金五〇万円は現金で支払う旨の売渡書が作成され(昭和四五年押第六一一号の一)、同日紺野が現金五〇万円(但し同日金三〇万円、数日後金二〇万円の支払いがなされた)を被告人に支払つて、同日付被告人名義の金五〇万円の領収書(同号証の二)、および被告人名義の白紙委任状(同号証の四)が紺野に交付されたことが認められるから、これによると被告人と紺野との間に本件山林につき売買契約が締結され、その所有権が紺野に移つた、という公訴事実にそう証拠も一応存在することが認められる。

しかし、これに対し、原判決は、被告人は、昭和四一年一〇月ころ紺野武雄とともに池谷好ほか四名を出資者として島根県下所在の約二二七町歩の山林の買受け、ならびに処分を目的とする共同事業契約を結び、右池谷好ほか四名の共同出資者から合計金二、六〇〇万円余の出資をさせ、紺野が右出資金を保管中、被告人は、右共同事業の諸経費ならびに自己の生活費として紺野から右保管金から金二五〇万円を借り受け、それについては五名の出資者からも事後承認を与えられたものであるが、そのうち金五〇万円につき債権担保の目的で本件山林につき売渡書を作成したものであつて、本件山林の所有権が紺野に移転したとは認め難いと判示している。ところで、原審が右にいわゆる共同出資者とされている五名の者のうちで証人として取調べているのは稲葉進、佐藤伝一郎および高橋辰雄の三名に過ぎない。そして、稲葉進と高橋辰雄の両名は、紺野から、同人が共同事業資金中から金二五〇万円を被告人に貸し、そのうち金五〇万円につき被告人所有の山林を担保にとつた旨の会計報告を受けたと述べているが、佐藤伝一郎は、紺野から、共同出資金中から二〇〇万円より多い金を被告人に貸したとの報告は受けたが、土地を担保にとつたとのことは聞かなかつたと供述しているのである。したがつて、原審としては、「本件山林につき紺野が被告人に交付した金五〇万円は、紺野が前記共同事業の出資者から保管を託された出資金の一部であつて、紺野みずから買受人として売渡証書を作成しているのは、同人が右出資者の代理人として名義を顕わしたにほかならず、また実際には右は売買ではなくして紺野の交付した金五〇万円の債権を担保する目的でかような形式をとつたもの」に過ぎない、と判断するについては、それにさきだち、まず前記五名の共同出資者の代表者とみられる池谷好はもとより、残る出資者の一人である杉山孫三郎についても、当然証人として取調べる(このことは、当事者双方にその立証を促すことによつて容易にその目的を達することができたものと思われる。)とともに、その結果必要があると認められるばあいにはさらに前記稲葉進ら三名の共同出資者の再喚問を考慮する一方、本件において重要な争点の一つとなつている、紺野が被告人に渡したという現金五〇万円の出所等を明らかにするため所要の証拠(もちろん反証もふくむ。)の提出を促す等、現行刑事訴訟法の基本原則である当事者主義の建前を破壊しない限度において当事者双方の立証活動の足らざるところを補正し、できるかぎり実質的真実の発見に努めるのが相当であり、この見地から考えると、原審の行なつた審理にはなお尽さざるものがあるといわざるを得ない。当裁判所は、事後審として原判決の当否を審査するに必要と思われる限度において事実の取調べを行なつた。すなわちそれによると、池谷好は、当審において証人として、出金伝票ならびに同人の日記に基づき、共同事業の出資金中から被告人に交付したのは二五〇万円ではなく合計金二〇六万円であつて、紺野が被告人所有の土地を担保に金五〇万円を貸与したことは知らないと供述し、また、紺野は、同じく当審において、同人は本件土地を転売目的で買受けたために所有権の移転登記手続をしなかつた、また、信用金庫に対する手続などは同人の安易な考えからこれを怠つていた趣旨のことを述べている。さらに右紺野武雄のほか、同じく当審証人森美智子、同丹羽幸子、同山下文子の各証言、株式会社清水銀行伊東支店支店長作成の紺野剛史の当座貯金元帳の写によると、昭和四二年三月六日ころ紺野は内妻山下文子に頼んで現金三〇万円を調達したことが認められる(売渡書の金五〇万円は同年三月六日に三〇万円、その数日後に二〇万円と二回に交付されたもので、その点は被告人も争つていない。)そしてこれら各証拠の信用性の度合いは、今後審理が熟した段階において他の関係各証拠とも対照して慎重に判定されるべきものではあるが、原審が、もし尽すべき審理を尽すにおいては、紺野が、本件土地の代金として自己の現金三〇万円と、自己保管中の共同出資金から一時流用した金二〇万円の合計五〇万円を被告人に交付した事実を認めうる蓋然性がないとはいえない。したがつて、この意味において、少なくともさきに摘記した各証拠およびこれに対して必要と認められる反証の取調べを原審が行なわなかつた前記審理不尽の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであると思われるから、論旨は、結局、この意味において理由がある、といわなければならない。

控訴趣意第二点審理不尽による法令適用の誤りの主張について

所論は、仮りに、本件被告人所有の山林売買が債権担保の目的であつて、被告人の所為が横領罪に当たらないとすれば、当然背任罪の成否につき審理を尽くすべきであるのに、それをしなかつた原判決は審理不尽の結果、法令の適用を誤つた違法があり、破棄を免かれないと主張する。

よつて、右所論につき考察すると、もし、本件山林の取引が真の売買でなく、被告人が紺野から金五〇万円を借用するに当り、ただその債権を担保する目的で売渡の形式をとつたものであるとすると、被告人はその契約の趣旨いかんによつて、債権者紺野のため本件山林の管理、保全あるいは登記等についての事務を処理する任務を負担する場合も十分考えられるので、原審としてはこの点につきなおよく審理を尽くし、背任という相当重大な罪の訴因に変更すれば有罪であることが明らかになつたばあいには、検察官に対して訴因変更を促し、またはこれを命じたうえ、これに対する終局的な判断を示すか、あるいは裁判所法三三条二項、三項および刑事訴訟法三三二条により事件を管轄地方裁判所に移送すべきものと思われるから、原審がその点の審理を尽くさなかつたのは審理不尽の違法があり、(昭和四三年一一月二六日最高裁判所第三小法廷判決、判例集二二巻、一二号、一、三五二頁参照。)それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点で論旨は理由がある。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、当審においてさらに事実の取調べをかさねることは事後審たるたてまえに反するから、あらためて第一審である事実審裁判所において充実した事実審理を行なう機会を設けるとともに、合わせて被告人の審級の利益を保持するため、同法四〇〇条本文により本件を沼津簡易裁判所に移送することとし、主文のとおり判決する。

(樋口 目黒 伊東)

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